2022年5月に日本税理士会連合会がとりまとめた「インボイス制度の円滑な導入・実施に関する提案」について私見をまとめておきます。

日本税理士連合会からの提案

最初にお断りしておきますが、今回の内容は実現するかわからない提案に基づく仮定の話です。

インボイス制度そのものについて知りたいという方は、混乱するかもしれませんので、お読みにならないことをお勧めします。

・・・と前置きした上で、正直なところ今回の話は書くかどうか少し悩んでいましたが、自分のなかでずっとモヤモヤしたものがありましたので、頭の中を整理するためにもきちんと文章にまとめておこうと思い至りました。

そもそもの発端は、日本税理士会連合会がとりまとめた

「インボイス制度の円滑な導入・実施に関する提案」

です。

この中で、インボイス制度について以下の2点を提案しています。

  1. 制度開始後3年間認められている、インボイスなしでも消費税の80%を控除できる経過措置を当面の間続けること
  2. インボイス制度開始までは認められている「3万円(税込み)未満の取引の場合には、帳簿があれば請求書等の保存がなくてもよい」という法律をそのまま残すこと

もともと税理士会としてはインボイス制度に反対の立場でしたし、税理士が主にお付き合いのある中小企業などの負担を少しでも軽くしたい、という思いでこの提案をされたのだろうと思います。

ただこの提案の目的である

「免税事業者が取引から排除されることを防止する」

「事業者等への過度な負担を避ける」

から考えたときに、本当にこの提案内容は効果的なのか、という点に少し疑問を持っています。

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提案が認められると起きるかもしれない弊害

具体的に心配している点について、提案内容ごとに確認していきます。

80%控除を認める経過措置の延長について

これについては、現状の法律のままであっても

  • 令和5年10月1日からの3年間:80%控除
  • 令和8年10月1日からの3年間:50%控除

となりますので、提案内容についてはあまり気にしていません。

ただそれは

「経過措置が当初の予定通り6年間で終了する」

という前提が維持されるのであればです。

もし今回の提案に基づき80%控除の経過措置が、例えば恒久的に続くことになったらどうなるか。

この経過措置については、消費税を申告する際に適用するためには、経理処理時に、経過措置を適用しているとわかるように記帳をする必要があります。

「6年過ぎればこうした処理が不要になる」という前提で免税事業者との取引を継続すると決めた事業者がいた場合、経理処理の煩雑さを嫌がって考えを変えてしまう可能性もゼロではありません。

そもそも経理処理の際に、インボイスとそれ以外を分けて、さらにそれぞれに区分を付与する必要があるというのは、経理の生産性を落とします。

「事業者への過度な負担を避ける」としながら、逆に経過措置の記帳負担を固定化してしまうことになりかねません。

デジタルインボイスが普及すれば問題ない、という考え方があるかもしれませんが、そもそも標準仕様に経過措置への対応を含めるのが本当によいことなのかどうか・・・。

3万円未満の請求書不要について

これを提案したひとつの理由として、恐らく売手負担の振込手数料の問題があると考えています。

※売手負担の振込手数料については、以下の記事を参照ください。

この提案が認められれば、確かにこの問題は解決するのかもしれません。

とはいえ、3万円未満については請求書なしでも仕入税額控除が全額認められるとなると、経理処理時の消費税区分がさらに増えないか、という点が個人的に気になります。

今のままでも、インボイス開始後は消費税の区分として

  • 10%
  • 軽減税率8%
  • 経過措置80%

が必要になると予想されます(旧税率は一旦無視します)。

3万円未満の取引についてインボイスを保存せずに仕入税額控除を受けるというのは、インボイスを保存する取引とは明らかに異なる処理となりますので、通常の「10%」とは異なる区分での記帳を法律上求められる可能性があると考えています。

仮にそうなった場合には

  • 経理処理時の消費税区分が増えることにより、事務作業の負担がさらに増える
  • 事務負担の増加を嫌って、インボイスを発行する事業者としか取引しないとする事業者が増える

となり、「免税事業者の保護」「事務負担の軽減」というどちらの目的も達成できない可能性があります。

さらにいえば、これを使った節税手法の提案が増えるかもしれません。

「取引先が1ヶ月分まとめて発行していた請求書を、1日単位で出してもらって3万円未満になるようにすると、免税事業者との取引についても消費税を控除できますよ」

といった類いの提案です。

「インボイスがないと仕入税額控除ができない」というのがインボイス制度なのに、金額基準で例外を認めるとこのような制度の抜け穴として利用される危険性が高くなります。

こうした提案の行き着く先は

  1. 取引の売手・買手ともに無意味な事務作業が増加する
  2. こうした節税が露骨に行われると、法律でこれを防ぐための追加の措置が導入される(その結果、さらに事務処理が大変になる)

という未来ではないかと。

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認められれば準備・検討した内容の見直しが必要に

税理士会の提案について、仮に実現したとした場合に想定通りの効果が得られるかについて、個人的な見解をまとめてみました。

あくまで私の想像に基づく「かもしれない」という内容ですので、異論・反論も多々あるとは思います。

とはいえ、今回の提案内容がインボイス制度に反映された場合には、実務上の対応方法を改めて見直す必要があるもの事実です。

(既に準備を進めている事業者にとっては、二度手間になるという点も課題のひとつとして挙げられます。)

実際に提案が採用されて法律に反映されるかどうかは、恐らく年末の税制改正大綱が発表されるまではわからないでしょう。

思っている以上に実務にとって影響の大きい話となりますので、年末に向けて状況を注視していきたいと思います。

投稿者

加藤 博己
加藤 博己加藤博己税理士事務所 所長
大学卒業後、大手上場企業に入社し約19年間経理業務および経営管理業務を幅広く担当。
31歳のとき英国子会社に出向。その後チェコ・日本国内での勤務を経て、38歳のときスロバキア子会社に取締役として出向。30代のうち7年間を欧州で勤務。

40歳のときに会社を退職。その後3年で税理士資格を取得。

中小企業の経営者と数多く接する中で、業務効率化の支援だけではなく、経営者を総合的にサポートするコンサルティング能力の必要性を痛感し、「コンサル型税理士」(経営支援責任者)のスキルを習得。

現在はこのスキルを活かして、売上アップ支援から個人的な悩みの相談まで、幅広く経営者のお困りごとの解決に尽力中。

さらに、商工会議所での講師やWeb媒体を中心とした執筆活動など、税理士業務以外でも幅広く活動を行っている。
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