「自分には関係ない」「うちは大丈夫だろう」という心のフィルターが、大切な情報を遮断してしまうことがあります。 今回は、知らず知らずのうちに陥ってしまう「他人事」という壁をどう乗り越えるかについて考えてみました。

「あっ、それ私にも関係あるんだ」

みなさん、こんにちは。京都の税理士、加藤博己です。

先日、顧問先のお客さまと打ち合わせをしていたときのことです。数字の確認が一段落した後、話題は将来の相続などのお話へと移りました。

現時点ですぐに何かが起きるわけではありませんが、早めに手を打っておくことで、将来の税負担を軽減できたり、親族間でのトラブルを未然に防げたりします。

そのため、現在の資産状況をもとに「そろそろ、こういった対策を検討し始めたほうがいいかもしれませんね」と、丁寧にお伝えしました。

そのとき、お客さまがハッとした表情でつぶやかれたのが、この言葉でした。

「あっ、それ、私にも関係あることだったんですね……」

よくよくお話を伺ってみると、実は少し前に知人の方から「子どもへの相続について、どうすべきかいろいろと悩んでいる」という話を耳にされていたそうなのです。

しかし、そのときは「へぇ、それは大変ですね」と相槌を打ちながらも、どこか遠い世界の話のように感じていたといいます。

ところが、私から具体的な数字やリスクを含めた説明を聞いた瞬間、以前知人から聞いたエピソードが頭の中でカチッとつながったようです。

「あの人が言っていた『悩み』は、将来の自分の姿かもしれない」と。

これまで「他人事」として右から左へ流れていた情報が、たまたま私との対話を通じて、一気に「自分事」へと変わった瞬間でした。

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人から説明される内容を「自分事」として聞けない理由

私たちは、日々膨大な情報に触れています。

そのすべてを真剣に受け止めていては身が持ちませんから、脳が無意識のうちに「自分に関係があるかないか」を選別するのは、ある種の防衛本能とも言えます。

しかし、経営や税金、相続といった「後で大きな差がつく問題」において、この選別機能が裏目に出てしまうことがあります。

なぜ、私たちは重要な話であっても「他人事」として聞き流してしまうのでしょうか。主に3つの理由があると感じています。

切迫した状況にない

人間、すぐに問題になりそうでなければ、なかなか動き出せないものです。

「いつか来る未来」の話よりも、「今日、明日の売上」や「目の前の資金繰り」のほうが優先順位が高くなるのは当然です。

相続や長期的な節税対策は、数年、あるいは数十年先のこと。期限が明確でないものは、どうしても後回しにされ、「自分事」になりにくいものです。

実感が湧かない(未来を想像できない)

特に専門的な話になればなるほど、具体的なイメージが持てなくなります。

「相続税が数百万円、数千万円単位で変わる」と言われても、その金額が自分の生活や会社の存続にどう影響するのか、実感が伴わなければ他人事のままです。

ほとんどの人は、自分が体験したことのない未来を具体的に想像するのが苦手です。

根拠のない自信や現状維持バイアス

「うちは家族仲がいいから揉めないだろう」「まあ、なんとかなるだろう」という根拠のない自信、あるいは「今は困っていないから、変える必要はない」という風に現状を維持する方向に気持ちは傾きやすいものです。

リスクを直視するよりも、今のままが一番楽だと脳が判断してしまうわけです。

これらが複雑に絡み合い、せっかくの有益なアドバイスや情報も、心のバリアで弾き飛ばされてしまいます。

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「自分事」として捉えてもらうためにできること

世の中には、適当に聞き流していても実害がない話もたくさんあります。

しかし、税理士としてお客さまと向き合う中では、「他人事」で済ませてはいけない場面に遭遇します。

  • 相続税額が数百万、数千万単位で大きく変わる可能性があるとき

  • 準備不足のために、将来の事業承継が円滑に進まなくなるリスクがあるとき

  • 経営の数字を見落としていて、このままでは売上が急激に下がる予兆があるとき

こうした状況で、当事者であるお客さまが「他人事」として受け止めていると、数年後に「あのとき動いておけばよかった」と悔やむことになりかねません。

では、どうすれば「自分事」として捉えていただけるのか。

私は、伝え方の工夫として「放置しておくとどうなるか」という点を、できる限り具体的に、鮮明にイメージできるように伝えることが大切だと考えています。

「もし今、何も手を打たずに時間が経過したら、あなたの通帳からこれだけの現金が余計に出ていくことになります」
「もし今倒れたら、残されたご家族は明日からこの手続きで途方に暮れることになります」

こんな風に、リアルなシナリオを提示すること。

脅すわけではなく、あくまで現状の延長線上にある事実を、誠実に、具体的に提示する。

そうすることで、霧がかかっていた「未来」が「現実の課題」として輪郭を持ち始めます。

冒頭のお客さまのように、誰かの体験談と専門家の助言が結びついたとき、人は「これは私の問題だ」と確信されます。

私自身、日々の仕事の中で、単に知識を切り売りするのではなく、いかにお客さまの心に「自分事の種」を植えられるか、その伝え方には常に気を配っていきたいと改めて感じました。

みなさんも、最近誰かから聞いた「ちょっと気になる話」、心のどこかで「他人事」として片付けていませんか?

少しだけ立ち止まって、「もしそれが自分に起きたら?」と想像してみるだけで、未来は大きく変わるかもしれません。

投稿者

加藤 博己
加藤 博己加藤博己税理士事務所 所長
大学卒業後、大手上場企業に入社し約19年間経理業務および経営管理業務を幅広く担当。
31歳のとき英国子会社に出向。その後チェコ・日本国内での勤務を経て、38歳のときスロバキア子会社に取締役として出向。30代のうち7年間を欧州で勤務。

40歳のときに会社を退職。その後3年で税理士資格を取得。

中小企業の経営者と数多く接する中で、業務効率化の支援だけではなく、経営者を総合的にサポートするコンサルティング能力の必要性を痛感し、「コンサル型税理士」(経営支援責任者)のスキルを習得。

現在はこのスキルを活かして、売上アップ支援から個人的な悩みの相談まで、幅広く経営者のお困りごとの解決に尽力中。

さらに、商工会議所での講師やWeb媒体を中心とした執筆活動など、税理士業務以外でも幅広く活動を行っている。
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