相続税の申告手続きについて、「専門家である税理士に依頼せず、自分でできないものか?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。今回は、このテーマについて私の考えをお伝えしたいと思います。
目次
所得税申告と同じ感覚で考えてはいけない相続税申告
みなさん、こんにちは。京都の税理士、加藤博己です。
私の事務所では、法人や個人事業主のお客様の顧問業務が中心であり、相続税申告を積極的にお受けしているわけではありません。
それでも、既存のお客様からのご紹介などでご依頼をいただくことはあり、その際はもちろん対応させていただいております。
ご依頼いただくお客様から直接言われることはありませんが、世の中には
「相続税申告を自分でやってみたい」
「費用を抑えるために自分でできないか」
と考える方が一定数いらっしゃるのは事実でしょう。
個人の方にとって税金の申告といえば、所得税の確定申告が最も身近なものかと思います。
例えば、給与所得者の方が医療費控除やふるさと納税の寄附金控除を受けるといった申告であれば、国税庁の「確定申告書等作成コーナー」が使いやすく、ご自身でまったく問題なく完結できるでしょう。
個人事業主の方であっても、日々の帳簿をきちんと付けていれば、例えば不動産の売却(譲渡所得)のような特殊な取引がなければ、ご自身での申告は十分に可能かと思います。
では、それに対して相続税の申告はどうでしょうか。
あくまで私の個人的な意見ですが、多くの場合において、ご自身で申告を完結させるのはかなり難しいと言わざるを得ません。
相続財産が預貯金だけで、相続人も配偶者と子1人だけ、といった非常にシンプルなケースであれば、不可能ではないかもしれません。
しかし、ほとんどの相続は、残念ながらそこまで単純ではないため、所得税の申告と同じ感覚で捉えてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう可能性があります。
相続税の自力申告が難しい3つのポイント
相続税申告がなぜ難しいのか、具体的なポイントを3つ挙げてご説明します。
ポイント1:申告書の作成自体が複雑
所得税の確定申告では、先ほども触れた国税庁のウェブサイトを使えば、案内に従って入力するだけで税額が自動計算され、申告書が完成します。
しかし、相続税申告には、そのような便利な公式ツールが存在しません。
申告書様式は国税庁のサイトからダウンロードできますが、どの書類が必要で、どこに何を記入すればよいのか、すべて自分で判断し、計算しなければなりません。
手引きはありますが、それを読み解くだけでも相当な時間と労力を要するでしょう。
ネットを探すと無料で申告書を作成できるサービスもあるようですが、土地の評価明細書の作成に制限があるなど、それだけで完結させるのは難しそうです。
ポイント2:財産評価の専門性
相続税申告で最も専門性が問われるのが、この「財産評価」です。
相続税申告を行うには、すべての相続財産をリストアップし、一つひとつを金銭に評価していく作業が必要です。
預貯金であれば残高証明書を取り寄せるだけでよいのですが、問題はそれ以外の財産で、特に難しいのが「土地の評価」です。
土地は、その場所や形状によって評価方法が異なり、多くの場合「路線価方式」という方法で評価します。
しかし、土地の形はきれいな四角形(整形地)であることの方が稀で、ほとんどが歪な形(不整形地)をしています。
他にも間口が狭かったり、奥行きが長すぎたり、がけ地があったりすると、評価額を減額できる補正計算が必要になります。
特に不整形地の評価は図面を描いて計算する必要があるため、経験のない方が正確に計算しようとすると大変です。
仮に不整形地評価などを適用せずに申告書を提出したとしても、本来の税金よりも高い税金を支払うことになる可能性が高いため、恐らく税務署からは何も指摘されないでしょう。
「自分で申告できた!」と思っていたものの、実は税金がかなり高くなってしまっていたというリスクがある点をご理解いただければと思います。
ポイント3:特例適用の判断が困難
これも土地の評価に関することですが、小規模宅地等の特例という制度があります。
亡くなった方が住んでいた土地などを相続した場合に、その土地の評価額を最大で80%減額できるなど、相続税の計算に大きな影響を与える制度です。
しかし、この特例を適用するためには、誰が相続するか、その土地を今後どうするかなど、非常に細かく複雑な要件があります。
一つでも要件を満たさなければ適用できず、税額が何十万円、何百万円、何千万円と変わることも珍しくありません。
他にも、相続税には配偶者の税額軽減をはじめ、様々な特例や控除があります。これらの制度を漏れなく、かつ正しく適用できるかどうかで、納税額は大きく変わります。
小規模宅地等の特例などは、税理士が申告書を作成していても
「これって適用できるのだろうか?」
と悩むケースが多いものです。
「この特例は使えるのだろうか?」と一つひとつ調べ、要件を確認し、必要な添付書類を揃える作業は、専門家でなければ非常に困難であり、時間もかかります。
もし適用できる特例を見逃してしまえば、本来払う必要のない税金を納めることになってしまいます。
自分で申告するには想定以上に時間がかかる
ポイントを3つに絞って解説しましたが、他にも「相続人が誰なのか」を法的に確定させるなど、申告書を作成するまでには地道な作業が多くあり、相続税申告をご自身で行うには、いくつもの高いハードルがあります。
「税理士が書いてるんだから、こんなブログはポジショントークでしょ」と思われるかもしれません。
「所得税申告を自分でやりたい」ということであれば、特にこちらで止める理由はありませんが、毎年行うためある程度定型的に行える所得税申告と違って、相続税申告は一般の方にとっては一生に一度か二度しか経験しない手続きです。
そのため対応するには、想像されている以上の「時間」がかかると考えていただいた方がよいでしょう。
仕事や日常生活を送りながら、これだけの時間を捻出するのは、多くの方にとって現実的ではないはずです。
さらに、もう一つ忘れてはならないのが「税務調査のリスク」です。
万が一、申告内容に誤りや漏れが見つかれば、本来の税金に加えて、延滞税や過少申告加算税といったペナルティが課されてしまいます。
そうなると、せっかく税理士報酬を節約したつもりが、結果的により多くの金額を支払うことにもなりかねません。
「餅は餅屋」という言葉がありますが、相続税申告はまさにこの言葉が当てはまる分野だと思います。
税理士に依頼すれば、もちろん費用はかかりますが、それは単なる申告書作成の代行費用ではありません。
複雑な手続きにかかるご自身の貴重な時間を節約し、正確な財産評価と適切な特例適用によって納税額を適正化し、そして何より「申告内容が正しい」という精神的な安心感を得るための対価です。
相続という大変な時期だからこそ、手続きの負担は専門家に任せて、ご自身の貴重な時間を確保することを検討してみてはいかがでしょうか。
投稿者

- 加藤博己税理士事務所 所長
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大学卒業後、大手上場企業に入社し約19年間経理業務および経営管理業務を幅広く担当。
31歳のとき英国子会社に出向。その後チェコ・日本国内での勤務を経て、38歳のときスロバキア子会社に取締役として出向。30代のうち7年間を欧州で勤務。
40歳のときに会社を退職。その後3年で税理士資格を取得。
中小企業の経営者と数多く接する中で、業務効率化の支援だけではなく、経営者を総合的にサポートするコンサルティング能力の必要性を痛感し、「コンサル型税理士」(経営支援責任者)のスキルを習得。
現在はこのスキルを活かして、売上アップ支援から個人的な悩みの相談まで、幅広く経営者のお困りごとの解決に尽力中。
さらに、商工会議所での講師やWeb媒体を中心とした執筆活動など、税理士業務以外でも幅広く活動を行っている。
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