世の中では一般的に「簿記がわかれば経理なんてカンタンにできるんじゃないの?」と思われているかもしれません。この点について私なりの考えをまとめておきます。
世の中の一般的な理解は「簿記=経理」?
Twitterをしていてツイートに対して普段そんなに「いいね」がつくわけではないのですが、先日の以下のツイートに(私のツイートにしては)意外と反響があり、少し驚いています。
あと
— 加藤博己@税理士・FP in 京都 (@katoh_tax) July 31, 2020
「簿記の資格持ってたら経理くらいすぐできるだろ」
と思っている経営者の方も多い可能性が。
経理なんて会社ごとにやり方が違うので、その会社のクセなどを把握するのに時間がかかるから、例えば引継なしでいきなりうまく回せるかというと、そんなことはありえない・・・と思ってます。
恐らく実際に経理実務をされている方からの反応が多かったのではないかと思いますが、意外と同じことを感じている方が多いんだなと思った次第です。
これは裏を返せば、世間一般では「簿記=経理」と思われているということであって、実際に経理をしている方達からすると、そこにストレスを感じることが多いのでしょう。
簿記というのは、あくまで取引を記録するための技術でしかありません。
もちろん経理という仕事の中で、簿記が大きなウエイトを占めているのは事実ですが、
「簿記を理解していれば経理の即戦力になるか?」
と聞かれれば、答えは「NO」となるわけです。
なぜ簿記の知識だけでは経理ができないのか?
では、なぜ簿記がわかっていても経理がすぐできるわけではないのか?
理由として主なものを挙げるとすれば、次の3つではないかと。
- 簿記で記帳する前提条件となる会社の取引状況の理解・把握に時間がかかる
- 社内の誰から情報を入手すればよいかといった人間関係の把握に時間がかかる
- 1・2が身につくまでにはある程度経験が必要で、かつコミュニケーション能力も必要
会社ごとに取り扱っている商品や取引条件、商流といったものはそれぞれ異なります。
経理という仕事は、そうした取引を簿記という技術を使って帳簿に記録していく仕事ですが、会社の業務に対する理解がなければ、正確な記帳はできません。
例えば売上に対する入金一つにしても、
- 掛売で後から回収・・・売掛金
- その場で現金売上・・・売上
- お金を先にもらって後から商品を渡す・・・前受金
といったように、処理する科目は異なります。どの科目を選ぶかは、会社の業務内容に対する正確な理解があって初めて可能となるわけです。
また別の例としては、従業員の立替精算の場合だと、
- 従業員が全額立替・・・経費科目と現金で処理
- 事前に仮出金でお金を渡している場合・・・経費・現金だけでなく仮払金の精算も必要
- 法人カードを導入している・・・支払科目は現金でなく未払金、現金精算とダブっていないかチェックが必要
といった感じで、チェックする項目が変ってきます。
「そんなの簿記の知識があるんなら、過去の帳簿見たり、営業とかの担当者に聞きに行けば、すぐできるでしょ」
という意見もあるかもしれませんが、過去の帳簿から取引内容を推測するというのは、ある程度経理の経験を積んだ方でないと難しいですし、間違った理解に基づいて記帳してしまう可能性もあります。
またいきなり会社の中に入ってきた方が、営業の誰に聞けば必要な情報が得られるのか、すぐにわかるワケではありません。
会社の業務内容を理解するために、会社の組織や人間関係を理解する必要もありますし、そうした方達とコミュニケーションを取り、場合によっては処理が認められないということで担当者と交渉が必要なケースもあります。
こうしたコミュニケーションや他部門の方とのやりとりも、会社に入っていきなりできるわけはなく、ある程度経験を積むことが欠かせません。
簿記ができるというのは、経理の仕事をする上で有利であることは間違いありませんが、いわゆる「戦力」としてしっかり仕事をしてもらおうと思えば、
- 会社の概要・取引内容を説明する
- 会社の経理ルールを説明する
- 処理に必要な情報が誰から得られるか伝える
といったことを導入教育・引継として説明した上で、ある程度経験を積んでいただくことが欠かせません。
経理の体制が崩れてからでは遅すぎる
最初のツイートしたのは、特に中小企業などで経理の採用が後回しになってしまい、担当者が突然「辞めます」となってから採用して、ほとんど引継できないようなケースがあるのでは、と感じたためです。
経理の仕事って、一度体制が崩れてしまうと、特に会社の規模が大きくなればなるほど、元に戻すのに大変な労力と時間が必要となります。
私自身、海外出向先でシステム導入やら人員削減の影響により、経理体制が崩れるとどうなるかということを身をもって経験したことがあります。
経理の体制が崩れてしまうと、下手をすれば経営者の貴重な時間が経理のフォローに大きく割かれるという可能性もゼロではありません。
「なにかあったら、派遣でもなんでも簿記ができる人に来てもらえれば、なんとかなるでしょ」という考えは少し危険だなと。
一度崩れてしまった経理を元に戻せる人材って、それなりの経験とスキルを持った人材なので、「何かあったら・・・」といってすぐにそうした人材が採用できる保証はありません。
経理という仕事、普段はあまり重きを置かれていない経営者もいらっしゃるかもしれませんが、担当者がいなくなってからでは遅すぎます。
「簿記ができれば経理はすぐにできる」と考えずに、いざというときのバックアッププランを検討しておくことが、経営の安定につながることになります。
投稿者
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大学卒業後、大手上場企業に入社し約19年間経理業務および経営管理業務を幅広く担当。
31歳のとき英国子会社に出向。その後チェコ・日本国内での勤務を経て、38歳のときスロバキア子会社に取締役として出向。30代のうち7年間を欧州で勤務。
40歳のときに会社を退職。その後3年で税理士資格を取得。
中小企業の経営者と数多く接する中で、業務効率化の支援だけではなく、経営者を総合的にサポートするコンサルティング能力の必要性を痛感し、「コンサル型税理士」(経営支援責任者)のスキルを習得。
現在はこのスキルを活かして、売上アップ支援から個人的な悩みの相談まで、幅広く経営者のお困りごとの解決に尽力中。
さらに、商工会議所での講師やWeb媒体を中心とした執筆活動など、税理士業務以外でも幅広く活動を行っている。
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